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6月24日から開幕するテニスのグランドスラムであるウィンブルドン(イギリス/ロンドン、芝)に第3シードで出場するR・フェデラー(スイス)が、2009年の優勝について振り返った。
2009年のウィンブルドンで決勝進出を果たしたフェデラーは、A・ロディック(アメリカ)と優勝を争った。フェデラーとロディックは2004・2005年のウィンブルドン決勝でも顔を合わせており、いずれもフェデラーが勝利していた。
2009年の決勝戦は大激戦となり、5-7, 7-6 (8-6), 7-6 (7-5), 3-6, 16-14でフェデラーが勝利した。合計77ゲームという数字は、ウィンブルドンの決勝では最多記録となった。
フェデラーは、この優勝を振り返り「アンディ(ロディック)のサービスゲームをブレーク出来るチャンスはほとんどなかった。でも、ウィンブルドンの決勝で2年連続で負けたくはなかった。」
フェデラーは2008年のウィンブルドン決勝でR・ナダル(スペイン)に大激闘の末に敗れていた。
「2009年の決勝では、再びトロフィーを手にしたかった。2009年の全仏オープンで優勝し、ピート(P・サンプラス(アメリカ))が持つ四大大会優勝記録に並んだところだったから、その数字を超えたかったんだ。」と、フェデラー。
続けて「あの時の決勝戦にはサンプラス、B・ボルグ(スウェーデン)が観戦に来ていたし、J・マッケンロー(アメリカ)、R・レーバー(オーストラリア)も見に来ていたと思う。人生において、忘れられない日となった。」と、フェデラーは2009年決勝について話した。
昨年フェデラーは、2003年以降は初めてとなる前々年、前年と優勝がない形で会場入りし、決勝でA・マレー(英国)を破り見事タイトルを奪還した。優勝したフェデラーはサンプラスのウィンブルドン7勝に並び、また世界1位に戻る事でサンプラスの286週という1位保持記録を破る事が出来た。
これについて、フェデラーは「マレーに勝てば大会後には世界1位に戻り、ピートの記録を破る事が出来るとわかっていた。これはどうしても達成したかったんだ。」と、振り返った。
さらに「(昨年の決勝で)トロフィーを持ちながら歩いている時、子供たちが拍手をしてくれていたんだ。ウィンブルドンで家族が見守ってくれる日が来るなんて夢にも思っていなかったよ。」と、フェデラー。
《ウィンブルドン 男女対戦表》
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