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ウィンブルドンの歴史

1974年
コナーズ&エバートのゴールデンカップル優勝
Connors & Evert Win Wimbledon
6-1, 6-1, 6-4
6-0, 6-4

Getty Images
1974年のウィンブルドンは2つの点でユニークだった。1つ目はシングルス優勝のジミー・コナーズとクリス・エバートとは婚約していたカップルだったこと。そして2つ目はその二人がともにバックハンドが両手打ちだったことである。(アメリカ人による男女同時優勝はめずらしいことではなく、1953年、55年、72年、そして1947年から1951年の5年間はアメリカ人の独壇場だった。)

この年の前の2年は完全な形での大会運営ができず(72年は「契約プロ」が出場禁止となり、73年はニッキ・ピリッチの出場停止処分に反対した選手たちが81人もボイコット)、3年ぶりの完全参加に、大会前から期待が高まっていた。ただ、天候だけは完全でなく、74年のウィンブルドンは最も雨に見舞われた年の1つとなった。

コナーズは第3シードで出場。過去3度優勝のジョン・ニューコムが第1シード、ルーマニアのイリ・ナスターゼが第2シード、そして72年の覇者スタン・スミスが第4シードに、18歳のビヨン・ボルグが第5シードという顔ぶれだった。しかし結局決勝の対戦相手となったのはこれら強豪ではなく、4度目のウィンブルドン決勝進出となる39歳のケン・ローズウォールだった。彼がウィンブルドン決勝に始めて進んだのは52年と、以来20年も経って再びタイトルを目前にしていた。

コナーズとローズウォールの二人がそうであるように、それぞれをサポートするファンたちも対照的だった。
コナーズは短気で荒削り、その激しいボディーランゲージからもストリートファイターたるオーラに満ちていた。彼は決して攻撃の手をゆるめず、左利きのフォアハンド、そして両手打ちのバックハンドからエースを狙った。自ら作り出す自信を友に次々と勝ちあがり、準々決勝でもディフェンディング・チャンピオンのヤン・コデシュをフルセットの末に倒して、さらに勢いを増していった。
一方ローズウォールは、準々決勝でニューコムと、準決勝ではスタン・スミスという歴代チャンピオンと対戦しなくてはならなかった。準々決勝では4セットでニューコムに勝利、第3セットは1ゲームも与えなかった。準決勝のスミス戦ではフルセットにもつれ込み、2度崖っぷちに立たされた。1度目はスミスが第3セットでこのサービスをキープすれば勝利という場面、そして2度目はその後のタイブレークであった。しかしローズウォールの正確なショットが、スミスの強力なショットを封じ込めたのだった。

決勝の二人のうち、よりファンから声援を受けたのは、これが悲願のウィンブルドン・タイトルをとる最後のチャンスと思われたローズウォールだった。しかし、そのような感傷的な空気も、勢いに乗る若いコナーズには無意味だった。結局、コナーズが6-1, 6-1, 6-4のストレートの圧勝で優勝した。準々決勝、準決勝と激戦を強いられたローズウォールの疲労は誰の目にも明らかであった。ローズウォールにはあまりに厳しい試合だった。

一方女子シングスルでは、エバートは第1シードのビリー=ジーン・キングに次ぐ第2シードでの出場だった。エバートはすでに72年にウィンブルドン・デビューし、イボンヌ・グーラゴンに敗れたものの準決勝まで進出、73年にはキングに敗れたものの準優勝していた。

エバートはオーストラリアのレズリー・ハントとの1回戦で思わぬ苦戦を強いられた。雨による影響で、試合がスタートしたのは5時半。エバートは第1セットを50分、8-6のスコアで先取したものの、第2セットはハントが取り、勝負は薄暗くなる中、第3セットにもつれ込むと9-9のところで翌日に持ち越された。そして次の日、颯爽とコートに戻ったエバートは2ゲームを連取すると、8-6, 5-7, 11-9で大熱戦に終止符を打ったのであった。

この年はイギリス出身のバージニア・ウェイド(第5シード)が初めて準決勝に勝ち進み、同国のテニスファンにとっては久々にうれしい年であった。準決勝では、キングを下したロシアのオルガ・モロゾワと対戦、第1セットを6-1で取ったものの、結局は惜しくも敗退となった。一方エバートは、グーラゴンを下したオーストラリアのケリー・メルビルを倒し、決勝に駒を進めた。
それまで、エバートはモロゾワには無敗を保っており、ゆるぎない自信で決勝に臨むと、6-0, 6-4で一蹴、初のウィンブルドン・タイトルを獲得した。
後にエバートは、「あのときは暗雲の中で誰かが私に味方をしてくれたのよ。そうでなければ、ケリー・メルビルがグラスコートを得意とするイボンヌ(グーラゴン)を倒し、オルガ(モロゾワ)がウィンブルドンで15連勝中だったビリー・ジーン(キング)を止められたはずがないわ。それはあたかも、銀の大皿の上に乗せられた銀のプレートが私に差し出されているかようだったわ。」と回想している。

賭け市場では、コナーズとエバートという婚約カップルの「愛の同時優勝」に対して当初33対1の掛け率がついていた。結局コナーズとエバートは同時優勝を祝ったものの結婚はしなかった。
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