2026年最後のグランドスラム「全米オープン」(アメリカ/ニューヨーク、ハード)の本戦が開幕した。いくつもの話題が飛び交う中、日本、そして世界で熱い注目を集めているのが、車いすテニス界の若き絶対王者・小田凱人(おだ・ときと)による「年間グランドスラム(同一年での4大大会全制覇)達成なるか」という歴史的挑戦だ。
8月10日、名古屋市内で行われた公開練習の後、小田がメディアのインタビューに応じた。全米オープンを目前に控えた王者が語った、前人未到の領域への覚悟、そして自身のプロキャリア観とは。インタビューを前編・後編にわたってお届けする。前編は「年間グランドスラムへの思い」。
――(8月10日時点で)ウィンブルドンを制覇してから1カ月。全米オープンに向けた調整状況はいかがですか。
小田凱人(以下、小田)ものすごく順調に進んでいます。今回の調整では、本番を見据えてハードコートでの練習をかなりセットしてやり込んでいます。前回の(ウィンブルドンの)決勝戦では、リードしたものの最後は相手に粘られてゲームが長引き、接戦になってしまう場面がありました。その反省を生かして、今回はなるべくストレートで、最短で勝ち切れるように。いわば「相手を仕留める練習」を強く意識して、日々のコートに立っています。
――改めてウィンブルドンの決勝戦を振り返ってみて、ご自身の中でどのような手応えや変化を感じていますか。
小田 決勝に向けて日に日に調子が上がっていき、毎日が本当に楽しいと思える最高の時間でした。最後の最後まで最高のパフォーマンスを維持して、あれだけのスコア(ストレート勝利)で勝ちきれたことが、今の大きな自信につながっています。ただ、今回の全米オープンでさらに上を目指すには、もう一歩パワーをつけて挑み、大会期間中にもっと調子を上げていくことが不可欠。前回は少し気が抜けてしまうような瞬間もあったので、今回はそこをあえて引き締め直し、最初から最後まで「優勝をとりにいく」という意志をより強く持って挑みます。
――「仕留めるテニス」の具体的な練習内容を教えてください。
小田 主にサーブで相手を崩したあと、あるいはリターンからアグレッシブに入ったあとで決める展開ですね。これを「これでもか」というほど徹底的に反復しています。 また、最近ではより実戦的な対策として、コーチなどに車いすに乗ってもらい、自分の正面(ボディ)へ差し込んでくる深いボールへの対応力も磨いています。自分からウイナーを狙ってアグレッシブに押し込んでいき、相手の体勢が崩れて浮いてきた甘いボールをさらに深めに打って仕留める。僕のプレースタイルは、とにかく「打って、打って、打ち崩すしかない」。中途半端に逃げるのではなく、攻め抜くための打撃力を極限まで高める練習を繰り返しています。決めきらなければ逆に決められてしまう、それほど世界のトップは甘くありません。だからこそ、打つしかないんです。
――芝やクレーといったサーフェス(コート)に比べて、全米オープンの「ハードコート」という舞台にはどのような印象や適性を感じていますか。
小田 クレーコートは車いすが滑るように動きますし、芝コートもまた独特の強さがあります。それらに比べると、ハードコートはしっかりと車いすを固定し、半身の姿勢をきれいにキープして、自分の力をそのままボールに伝えて強く打つことができるサーフェスです。正直、芝やクレーのほうが感覚的に打ちやすさを感じる部分もあるのですが、理由は自分でもよく分かりません(笑)。それでも、自分のテニスのスタイルにとことんこだわりたいですし、自分が納得のいく形で試合を終わらせる明確なイメージを持ってプレーできています。 自分の競技生活の中で一番しびれる戦いができ、一番ベストなパフォーマンスを引き出せるのは、もしかしたらこのハードコートなのかもしれません。
――全米オープンは、昨年見事に初優勝を飾った非常に相性の良い大会でもあります。
小田 そうですね。去年の優勝のおかげで、「ここではしっかりと戦い抜ける」という非常にやりやすい感覚、ポジティブなイメージがついています。それまではあまり勝てていない大会だったので、去年のあの勝利によって、選手として一皮むけたという実感があります。 しかも、今年の全米オープンは50周年という節目の年。いつも以上に大会全体が盛り上がってくれたらうれしいですね。男子車いすテニスの決勝戦が(センターコートなどの)メインスタジアムで開催されることにも大きく期待していますし、その大舞台にふさわしい、ファンの期待を裏切らない圧倒的なパフォーマンスをお見せしたいです。
――今回の全米オープンは、史上最年少での「年間グランドスラム」がかかる大一番となります。改めて、この偉業に対する思いをお聞かせください。
小田 目標は「もう、とりにいくしかない」。あと1勝(4つ目のグランドスラムタイトル)というところまできているので、何が何でも勝ちたいです。 男子テニス界、そして車いすテニス界でも誰も到達していない未踏の領域。「生涯グランドスラム」に比べても、同一年ですべてを制する「年間グランドスラム」の達成者は極めて少ないはずです。だからこそ、その歴史的な達成者の一人に、自分がこれだけ若い、今の年代で名を連ねることに大きな意味があると感じていますし、全力でそこを目指しています。
――周囲からの期待やプレッシャーが、プレーにマイナスに働く恐怖はありませんか。
小田 プレッシャーに関していえば、自分の中での焦りやマイナスの精神的変化はまったくありません。もちろん、「絶対に負けられない」というプレッシャーや責任感は日に日に増していますが、それは自分にとって非常に良いガソリンというか、エネルギーに働いてくれています。 よく「負けちゃいけない」というネガティブなとらえ方をするのかと聞かれますが、そんなふうには思っていません。ただ、僕は毎回「今日は負けるかもしれない」という、ある種の健全な危機感を抱きながらコートに入っています。そうした緊張感を持っていなければ、自分のテニスはすぐに崩れてしまいます。「今日の相手ならいけるだろう」と過信して臨むことこそが、最も危ないことだと思っています。
――年間グランドスラムを達成した先には、何が見えてくると思いますか。
小田 プレッシャーはあまり感じていませんが、もしこの全米オープンを勝ちとり、年間グランドスラムを成し遂げたなら、これまでの景色とはまったく違う「何か新しい世界」が見えてくるような予感がしています。それが今から本当に楽しみです。
――年間グランドスラムという領域は、憧れ、背中を追い続けてきた国枝慎吾さんですら(当時の出場条件などの違いはあれど)到達していない領域です。そこに手が届くかもしれないという現状についてはどう感じていますか。
小田 国枝さんは僕にとって、「一生超えられない、近づくことすらできない存在」です。直接対決でも僕は負け越したまま終わってしまいましたし、今後どれだけ僕がタイトルをとって活躍したとしても、周囲の人やファンも含めて「国枝慎吾を超えた」と思う人は一人もいないと思っています。 それほど偉大な方です。今でも国枝さんの現役時代の試合映像をよく見返しますが、自分がプロとして世界で戦うようになればなるほど、国枝さんが成し遂げてきたことの「真のすごさ」が痛いほど分かります。自分はまだまだ足元にも及ばないな、という感覚が常にあります。
――今回の全米オープンを前に、国枝さんからメッセージや、何かアドバイスを求めたりする機会はありましたか。
小田: いえ、国枝さんとは普段から全然テニスの技術的なお話はしないんです(笑)。僕から気軽に「全米、どうすればいいですか?」なんてアドバイスを求めるのも、プロ選手としての姿勢としてどうなんだろう、という思いがあるので、あえてそういうお話はしていません。
――全米オープンでは、世界にどのような「小田凱人のテニス」を見せつけたいですか。
小田: 前回のウィンブルドンのように、圧倒的な「強さ」と「主導権」をコート上で表現して、今大会で最もインパクトのあった、人々の記憶に残る試合をしたいです。観客がハラハラするような劇的な大逆転劇は、もう求めていません(笑)。観ている人がもっと安心して見られる、対戦相手からも「この小田にいつになったら勝てるんだ」と絶望されるくらいの、圧倒的な試合をして勝ちたいです。ここまでこられたという確固たる自信はあるので、その自信をすべてプラスの力に変えて、最後の壁を突破します。
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