高校テニスの日本一の座を争う大会、大正製薬リポビタン 第48回全国選抜高校テニス大会(福岡県、博多の森テニス競技場、オクゼン不動産テニスコート、砂入り人工芝、以下:選抜)は団体戦が21日から25日、個人戦が22日から26日にかけて行われている。今回は宮城県の東陵高等学校(以下:東陵)を取材した。
>>第48回全国選抜高校テニス大会 男女団体戦・組合せ<<東陵が選抜に出場するのは4年ぶり12度目。今大会には東北地区大会で優勝を飾り出場を決めた。
宮城県気仙沼市にある東陵は2011年3月11日、東日本大震災で被災。同年には選抜出場権を獲得していたが、出場を辞退した過去がある。
この年に東陵のテニス部監督を務めていた鎌田さんは当時を鮮明に覚えている。
「周りの家は崩壊して、瓦礫で道路は全部封鎖されました。学校の下の地区は港なので船が水揚げされて、そこから重油が漏れて引火し、うちの学校の周りは全て火事になってしまいました。ものすごい恐怖を感じました」
当時練習中だったテニス部の生徒は無事だったが、その日は避難所に宿泊。避難所では部員が物資を運ぶのを手伝ったといい、多くの地域住民から感謝の言葉を受け取ったという。
当時は電波が通じず、数日後に隣の市を訪れ携帯電話を確認。このとき選抜から出場確認の連絡が来ていた。鎌田さんは学校に戻り学校長などと相談のうえ、出場辞退を決断した。
当時を振り返った鎌田さんは「残念以外の何物でもなかったです。ただ、その現場にいた子供たちとか我々は、試合に出るべきじゃないっていうのを当たり前のように感じていました」と話した。
次の4月に入学してくる新1年生は、2011年3月に生まれた子供が含まれる学年だ。鎌田さんは「教員間でも、あの時生まれた子たちがもうすぐ入ってくるねという話をよくしています。時の流れは早いなと思いますね」と口にした。
現在の部長の村上さんは気仙沼市出身。震災時は2歳で、当時のことは家族から聞いたという。
「自分の家は養殖とかの漁業をやっていて、海に近い家だったんですけど、家は流されてしまいました。そこからは避難所生活が続き、数ヵ月後に仮設住宅ができて、そこに数年住んでいました」
壮絶な経験をした東陵だが、それから15年、チームはさらなる進化を遂げ東北地区大会で優勝。4年ぶりに選抜の舞台に戻ってきた。東陵は以前からチームをまとめる部長の他に、練習のリーダーを担うキャプテンというポジションを設けている。
キャプテンの横澤さんは普段の練習からコミュニケーションを大切にしていると語った。
「練習ではコミュニケーションをとって、その日のモチベーションが下がらないようにしています。練習中にミスをしてもすぐ切り替えるというところも意識してます。全員仲も良くて、部活は盛り上がっている感じがあります」
そして、震災から15年という節目の今年、東陵は選抜で同校史上最高成績となるベスト16を記録した。
現監督の今野さんは感謝を口にした。
「本当に選手たちに感謝しています。そして、OB・OGだったりとか、地域の方たちも色々とサポートしてくださり、応援もしてくれたので、感謝してもしきれません。それをベスト16という成績で返すことができたのかなというふうに思うと、本当に嬉しいです」
「うちはテニスに打ち込める環境が整っていて、3食付きの寮もあり、寮の目の前にコートもあります。本当にありがたい環境です。ぜひ多くの子に入部してもらいたいと思っています。そして、次はベスト8以上を目指して頑張っていきたいです」
東陵のモットーは“道険笑歩”。意味は文字の通り「険しい道でも笑って歩く」だ。これを常に意識している東陵の選手たちは試合中、苦しいときこそ笑顔でプレーしていた。
大きな試練を乗り越え、着実に復興と発展を続けてきた気仙沼市とともに、東陵も進化を続ける。
■関連ニュース
・大坂 なおみ 世界トップとの“差”は?・錦織 圭は今後どうなる?課題と光・伊藤 あおい 復帰の道のり語る【前編】■おすすめコンテンツ
・テニス体験レッスン受付中・無料ドロー作成ツール・世界ランキング