水泳の北島康介が圧倒的な強さと型破りな新人類性でセンセーションを起こしたのと同じように、ラファエル・ナダル(スペイン)はまさにスペインではチャンピオンを目指す若きプレーヤーたちのアイコンと化している。
北島の登場以来、日本各地の水泳教室では個々人の特性を活かすよりもまずは北島の泳ぎを真似る指導をするようになり批判が出たが、スペインのテニススクールでも、「こんなとき、ラファならどうする?」とジュニアを指導する光景がよく見られる。
怒涛の勢いでグラディエーターのようにテニス界に旋風を巻き起こしたナダルは、その風貌がその型破り性を強調する。しかし、それは決して「受け」を狙った見せ掛けではなく、厳しい鍛錬の成果以外の何ものでもない。
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画像提供:Getty/AFLO |
あだ名:
黒い長髪、黒い瞳、焼けた額に白いヘッドバンド、太い二の腕にガッツのこぶしと野性味溢れる風貌は、全仏オープンでの対ロジャー・フェデラー(スイス)戦当日のフランスの新聞では、バイオリンを持つ音楽家(フェデラー)と、棍棒を持つ石器時代人との戦いと揶揄されたほど。そこまで行かないにしても、アパッチ族の戦士ジェロニモやオオカミ少年モウグリと形容されることは日常茶飯事。
「みんなが僕のこと何と呼ぼうと気にしないよ。僕のことに興味を持ってくれているってことだから、有難いことだよ。」と、本人は一向に気に介さない様子。「僕は試合のことだけを考えているんだ。それ以外のことを考える暇はないよ。普通の19歳の人間でありたいし、有名人として特別扱いもされたくない。」
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ファッション:
ナダルは12歳の頃から個人的にもずっとナイキを愛用している。今年は彼のおかげで袖なしのトップと、「海賊パンツ」と呼ばれる膝下までの長いパンツが売れている。
提供元のナイキも、「彼は何をとってもうちのイメージにピッタリ。」と賞賛を惜しまない。若さ、情熱、反逆児性、闘志、強さ、一心さなどコートで見せる顔もさることながら、家族思いで礼儀正しく年齢の割りに大人びた性格など、広告塔として非の打ち所がない。
「海賊パンツは動きやすいしラクだよ。ナイキがそう言ってくれるなら、ずっと履いていたいね。でもナイキの要望もあるからね。一つの大会で同じもので通すのは、縁起を担ぐためとかではなく、メーカーの希望なんだよ。」
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全仏オープン優勝後、コーチである 叔父のトニさんと抱き合って喜びを 分かち合うナダル(右がトニさん) |
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家族:
ナダルにとってテニスはファミリー・ビジネスのようなもの。マヨルカ島のマナコールという小さな街で生まれ育ち、物心付く頃にはテニスとサッカーを始めていた。10歳を迎える頃に、地元でテニススクールをやっていた叔父トニ・ナダルにその才能を見出されて、本格的にテニスの道に入った。以来トニはラファのコーチとして徹底的に新兵器の開発に精を注いだ。実はラファは生まれつきの左利きではなく、トニの先見の目が転向を促したものだった。今でもペンを持ったりゴルフクラブを握るのは右手である。
ラファには、ミゲル=アンヘル・ナダルという叔父もいる。彼はバルセロナのサッカー選手でヨーロッパ・チャンピオンにもなったほどの人物だが、少年時は島内ジュニア・チャンピオンになるほどテニスにも秀でていた。
「人それぞれ違う道を行くものだよ。叔父はテニスも上手いけど、サッカーの方がもっと上手くて、僕の場合はそれが逆だった。サッカーも水準以上にはできたけど、テニスで12歳のときにヨーロッパ・チャンピオンになって、このまま進もうと決めたんだ。」
同じマヨルカ出身の先輩格C・モヤの誘いもあり、バルセロナのCAR(上級スポーツ訓練センター)で一緒にトレーニングをすることも提案されたが、依然マヨルカ島で家族と一緒に生活しながら訓練をしている。叔父トニは同じブロック内に住んでいる。
「叔父が子供の頃から教えてくれたことはただ一つ。自分を100%出しきれ、ということ。」
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トレーニング:
トレードマークとも言えるほどの逞しい左腕と、驚くほどの運動量とに、一体どんな特別トレーニングをしているのだろう?と誰しも思うであろう。
「僕の腕とか筋力は、自然の成り行きだよ。筋トレはやるけど、ウェイトとかは一切やらない。」
彼はテニスの練習の後にジムに行く。そこでやる筋トレとは「第六感」を養うことが基本。大きなボールに乗ってバランスを取ること、ヨーヨーをすること、振動板の上で動き回ること、これが基本。ウェイトやマシンとは無縁なのである。この筋トレの狙いは、視力や聴力などの第六感を頼りに、筋肉が回りの状況の変化にすばやく反応し、そして衝撃が生じても瞬時に回復できる能力をつけるところにある。つまり、怪我を未然に防ぐためのものなのだ。
ナダルは2003年、2004年と2度怪我によりツアーから離れている。しかし、今年はこのトレーニングの成果があってか、今のところ怪我もまったくない。
トレーニングの後は、壁によりかかってアイスクリームを食べるのが好きだという。ぼんやりと焦点の定まらない笑顔でスプーンを口に運ぶ姿が、ハーゲンダッツのCMに採用されるのもそう遠くないかもしれない。
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試合中:
試合中の彼は恐ろしいばかりのオーラを発している。ここと言うときに点を決めると、大声で”Vamos!”(やった!)と叫び、あたかも勢いで相手を萎縮させるかのようでもある。しかし、それは全て自分を鼓舞するためのものであり、対戦相手に対しては常にフェアで礼儀正しい。
「根が熱血な人間だから、嬉しいときはとことん喜ぶんだ。性格的にクールに振舞うことはできない。だから、点を取ったときは自分を褒めるんだ。特に大事なポイントではね。でもミスをしても絶対に自分を怒らない。怒ってラケットをたたきつけたりはしないよ。そんな感情は上手くコントロールできるんだ。」
窮地に立っても、ストリングをいじったりというちょっとした仕草で気分転換し、常に集中力を保ち続けるところにも、バック・ギアがないナダル号の勢いの秘訣があるのかもしれない。
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昨年のデビスカップ決勝で勝利し、 スペインの優勝に貢献したナダル |
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将来:
大器晩成と言うが、テニス界には若くして一気に飛躍した後は、ずっと落ち目となってしまう選手もこれまで多くいた。過度なプレッシャー、怪我、精神的疲労、スランプなど、なにがきっかけで選手人生が下降しはじめるか分からない。当然ながら、ナダルについてもそんな懸念の声が出る。
「トップに上がるのが早すぎたかどうか、というのは自分でも分からない。なる時になるもので、自分で選べるものではないからね。テニスは平等なスポーツだし、自分がこの歳でここまで来れたことは嬉しい。でも、当然これで終わりではなく、もっと上がある。グランドスラム優勝は子供の頃からの夢だったけど、これからだって毎日訓練し続けないとね、これまでと同じように真摯な態度で。」
ナダルのこの言葉には、叔父ミゲル=アンヘルへの尊敬が含まれている。叔父が素晴らしいのは数々の功績を上げたからではなく、そのために日々苦しい練習を耐えて自分を高めて行ったからだと語るラファは、子供の頃からずっとその姿をそばで見てきたのだ。
「いつか世界No.1になりたい。そのためにはまず全サーフェスでいいテニスができるようにならなくては。行けるところまで行って、いいテニス人生が送れた、と後から振り返りたい。」
少なくとも、メディアに押しつぶされることだけはなさそうである。
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今季は全仏オープンや2つのマスターズ大会も含め、7つのタイトルは全てクレーコートでのもの。ハードコートが主流となる年後半、ナダルの真価が問われるのはこれからだ。
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