第91回 2012年を振り返って その1
チャレンジングな1年を見事に乗り切った錦織選手
さらによかったのは、錦織選手にほかの日本男子がついていったことです。添田豪、伊藤竜馬の両選手はほぼ1年間、100位以内をキープ。彼らの実力がもうトップ100にあるということを証明しましたね。すごく頼もしく感じました。 錦織選手は2011年の終盤戦で大活躍しましたが、活躍した次の年というのは、どんな競技の選手にとってもタフな1年になります。テニスはランキングポイントをディフェンドする(※ポイントは1年で消滅するので、ランキングを守るには同程度のポイントを新たに獲得しなければなりません)必要もありますから、そのプレッシャーも考えれば、かなりの実力をつけないと前年以上の成績は残せません。錦織選手にとってはチャレンジングな1年だったと思います。怪我もありましたが、欠場は最小限に抑えてカムバックすると、素晴らしいテニスを見せて最後に爆発しました。この爆発力をいかにコンスタントに出せるか、そこが次の目標であるトップ10入りには不可欠だと思います。 11年の錦織選手は、攻撃だけでなく我慢することを覚えたという話をしていました。ただ、攻撃と我慢のバランスは難しく、アグレッシブさを抑えすぎるとパッシブな(受け身の)テニスになってしまいます。今季の錦織選手は、そのバランスがよくなり、攻撃的で、しかも状況に応じて臨機応変に戦える力が付いたと思います。 トップ10、トップ5の選手に勝つには、よりアグレッシブな戦い方をしなければノーチャンスです。今の錦織選手は、そこを見据えた戦い方が少しずつできるようになってきているように感じます。 攻撃だけではリスクが大きすぎるし、消極的で守り重視だとトップの選手には勝ちきれない。いかに攻撃し、いかに耐えるか、状況によって判断していくことが大切です。技術的にも、精神的、頭脳的なところでも、そういうプレーができる選手ですから、あとは自分の持っているものをどう磨いていくかですね。 印象的な試合を一つ挙げるなら、ロンドン五輪のデルポトロ戦です。ウィンブルドンでも対戦しましたが、それから1カ月しか経っていないのに五輪では戦い方がガラッと変わっていました。 ウィンブルドンは怪我から復帰してぎりぎり間に合って出場した大会、不安要素も抱えながらの出場でしたから、思い切りアクセルを踏むことはできなかったと思います。それでも、あのデルポトロ戦で、もっと攻撃的にならなければ、と悔しさを味わい、そこからさらに磨きがかかったのでしょう。五輪の錦織選手は全然違いました。前の対戦から学んでいるなと感じました。終盤はどう転ぶかわからないという雰囲気もありましたね。試合は負けたけれど、次につながる試合になったと思います。 私自身、経験していますが、苦手な相手に接戦することで、他の選手に勝つ以上に大きな手応えを得られる場合があります。「あ、これでいいんだ」と再確認して前に進むこともできるし、「ここが足りていれば、ひっくり返せた」と今後の課題を見つけることもできます。その意味で、あのデルポトロ戦は重要な一戦、敗戦であったけれど収穫のあった試合ではなかったかなと思います。 ジョコビッチ、フェデラー、マレー、ナダルのトップ4、そしてデルポトロ。おそらく今の錦織選手は「この5人に勝つには」というのを考えながら日々を過ごせているはずです。そろそろトップグループの仲間入りもできるんじゃないか、そんなふうに期待してしまいますよね。来シーズンの錦織選手は、そこがキーになると思います。 錦織選手の話題だけで行数が尽きてしまいました。次回は2012年のシーズン全体を振り返ってみたいと思います。
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